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大ショック後、作家たちはどう変わったか

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2012年に、ちょっとおもしろい記事が書いてあったので再録します。

高橋源一郎さんによる、311後の作家論(つづき)です。 チャリティ講演として、数百人の現役ライターや作家があつまりました。各々身につまされたのではないかと思います。

以下、高橋語録(抜粋)



太平洋戦争が終わった直後、作家たちはどうしていたのか? 僕(高橋)は追ってみた。

1945~1946年は、誰もが作品を書けず、ぼうっとしていた。
1947年に、やっと石坂洋次郎の『青い山脈』が出てきた。

なぜぼうっとしていたかというと、あまりにも被害が大きかったこと。価値観が一日でひっくり返ったこと。徴兵から戻っていない作家がいたこと。

しかし、何事もないかのように書き続けた作家が2人いた。

坂口安吾と太宰治。

なぜこの2人だけが書けたかと言うと、変わっていないから。というより、もともと信用していなかったから。過剰な天皇崇拝も、軍国制も、戦争も、戦争礼賛の作家たちのことも。

昨日は軍国主義で、今日から民主主義、という変化さえ、疑い続けた。

この2人は戦争や国家主義に対応したのでなく、ふだんから、あらゆることに対して「非常時」だった。「常在戦場」だった。

だから戦争なんかでスタイルが変わらなかった。戦争くらいで変わるようでは、「文学」じゃないのかも。

ものを書くひとは、平穏な日常=フィクションだという感覚を持ち続ける。
見えない戦争を見続ける。

見えない何かは、文学の力でないと、見えない。



「日本で最も有名な3人の一人」として知られる作家が、あるインタビューに答えてこう言った。

「僕はこの日(3.11)を待っていた。とても辛く、不幸なことであるが…。この国には大きな矛盾があり、いろんなものが隠されてきた。それが明らかになる日がきた」

どの作家かはブログなどで公開してほしくないが、現在も新作鋭意制作中の人だ。まずい発言だということで、この部分は雑誌掲載をカットされた。

でも作家のみなさん、作家として結論を出してもいいし、出さなくてもいいから、これからはもっと自由に、自分のなかにあるものを解放しようとしませんか。




最後に、ものを書くとき、ひとつ気をつけたほうがいいことを、お伝えしたい。

「自分を問題にしない」こと。「私は」…と自分語りばかりしないこと。自分ばかり関心がいくから。視点が内側にいってしまうから。

スーザン・某という著名な人がこう言った。

「一日のうちで、なるべく自分のことを考える時間を減らそう。他人のことを考えよう。他人への興味を増やそう」
そうするほどに、いい文章、いい作品ができる。


私小説でさえも、すぐれた名作は、自分を第三者として置く視点をもっている。
「こんなバカなことをする自分は何なんだろう」と、ナゾを追うように「自分の中の他人」を追っている。




※もうひとつおまけに、高橋源一郎語録。

「今の書き手たちは、文章がきれいすぎる。『もっとこの世について、見たい、知りたい』と思ったら、言葉は崩れておかしくなる。きちんと書けるということは、文章のことしか見ていない」


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