令和元年、前夜。
松本駅から大糸線に乗り換え、穂高のあたりにさしかかると、うっすらもやを抱く北アルプスが迫ってきました。
「うわ、山がイキッている、凄い迫力だよ、あんたも見なよちょっとちょっと」、、家人が、騒ぎはじめました。
「もーそういうのは見慣れてるんだよ私は富山県育ちなんだから」と言って、スマホから目を上げたら、私の見慣れ知った光景よりそれは千メートルほど高いテトリス状態。
まいりました。うまれ育った富山平野から眺める西側の、ぼんやり煙った飛騨山脈と、東側の山すそから見あげるそれって、輪郭の強度がぜんぜん違うのね。
山のない都会育ちの夫の目には「オフェンス」に見えて恐ろしいらしいが、山国育ちの私には「ディフェンス」に見えて心強い。
安曇野・松川村でのみつはしちかこ展示会が本日、5/12㈰までとなりました。
みつはしもかつて見上げた北アルプス。
展示会のあいまをぬって、幼なじみで主催者の一人しゅうちゃんが車であちこちを案内してくれました。
数年前に「男性長寿ナンバー1」となったこの村は、住民の幸福度が高いといわれます。
自営業が多くストレス度が低いそうです。暮らしやすくて食べものも美味しいのかな? くらいに想像していたけれど、それ以上の要素を多数見せてもらえました。
「色彩的にこれとそれを並べるのは、どうだろうな…」。
てっきり、館長さん?と思ったら、JRの要職を退職された地元の「応援団」だという。
応援団? ってなに。
こうした公営施設の展示やイベントを無償で手伝ってくださる、文字通り、応援の方だそうです。
物販をこなしてくださったテキパキした女性たちも応援団であるし、絵画の監視員として椅子に座ってらっしゃるダンディも応援団。地元の美術界の重鎮ですって。
早くも、この松川村の、行政の巧みさみたいなものを感じます。ここではどうやらインテリジェンスや知見という資本が、無償で無限で無尽蔵だ。
東京……というか常識的ビジネスシーンだと、なんでもすぐ「いくら?」。だから図体が重く小回りがきかなくなるよね。
ここでは、「となり村」という暮らしの助け合いのシステムもうまく機能しているようです。←私の生まれ育った田舎にもありましたが昭和50年代頃に破綻しています。
他の似たような自治体と、どこがどう違うかと見れば、色々あるけれど、一つには、行政も企業も気持ちよく住民にシートを「明け渡している」。そのシートに座った住民は当然のようにさらりとお返しする。そうした循環がうまくいっている気がします。
たとえば、近所には『安曇野ちひろ美術館』という、令和初日から大賑わいの民間施設があり、(同日、東京ディズニーランドは開業以来の閑古鳥だったらしい)、
こうした施設に、住民が無料でのびのび出入りして遊べる日を設けるなど、ありそうでなかなか無い形の「三方良し」システムがあちこち築かれている。
お金のかからぬスポーツ振興として、駅伝や元旦マラソンなどに官民一体で情熱を注いでいるのもよいし、
「となり村のよりこっちの作物のほうがうまい!」的な、いい塩梅のライバル意識があるのも何だか健全にエモくてよい。
私のお会いするかぎり村民さん達はどことなくからりとして、
「いやあ、今回の展示会は、いままでになく、よその県からくる人が多いねえ」
「ほんとだねえ。“ずら”とか聞こえてないもん、“だよね”とか言ってるもん」とか言って、けらけら笑っている。
旧友しゅうちゃんをはじめ、今回の展示を仕切ってくださった統括Mさん……鬼軍曹と呼びたい敏腕だが涙もろそう……など、人間力ある女性たちが、役場で生き生きと仕事されているのもいい。
女性をトップに据えないとか、システムが古い?、と思うこともあったけれどそれは古き日本式システムの内側の話であって、外側に出てお話すればいいだけじゃない?
地方には豪傑が控えているのだ!
『卑弥呼』/中村真理子 ビッグコミックオリジナルより
しゅーちゃんの説明によれば、人口1万人ほどの自治体というのは、ほどよく官民 手をたずさえ、ほどよく目配りし、ほどよく距離を置いてお付き合いできる数量なのだそうです。
人口1万人自治体仲良し説。
でもね、それ以前に、この土地にはもともとパワーがある。だからそういう自治体が築かれて、しゅうちゃんやMさんのようなよい人材が集ってくるのだという気がします。
こんな土地に、みつはしちかこ美術館を建てられたらいいな。ふと思いました。
美術館なんておおげさなものでなくとも、素敵な古民家を一軒借りて、アートギャラリーとして試運転させて戴きたい。
今まで東京で、なんとなく物件や条件を探しては、「あれもちがう、これもちがう…」。ぶつぶつ思っていましたが、今どき東京じゃなきゃ、という発想がダイナソーだった
いま松本↔️新宿間は、高速バスが1500円で走っているのです。
四季の自然と昭和とともに培われた、みつはしのみずみずしい感性を表現するのにも、こういう土地がむいているのではないか。
この村ならば、年間数万人もいらっしゃる、ちひろ美術館目当ての観光客も当てこん……いやいや、若い作家さんもどんどん呼んでギャラリーを使ってもらってコラボさせて戴いたりして、やがてはアート・ヴィレッジになったりして。
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そんなわけで、みつはしさんに「いよいよ、お母さんの美術館の候補地を見つけました。安曇野に作りませんか」と提案してみました。
「おほほほ、またさや香さんが面白いこと言ってるわ」、みたいに受けていましたが、満更でもなさそうであります。あり寄りのあり。
しかし美術館づくりなどひとつもわかっていないので、これから皆様に、おそわっていきたいと思います。